スカイリムの代名詞といえる名ゼリフになった
「昔はお前のような冒険者だったが、膝に矢を受けてしまってな…」
“I used to be an adventurer like you, then I took an arrow in the knee”
膝に矢を受けた=地に足つける=結婚という北欧に伝わる古い言い回しから来ているという話が定期的に流れます。
結論から言うと、根拠のない作り話です。
北欧に伝わる古い言い回しではありません。ゲーム中にも暗喩であることを示す話もありません。
しかし、TES世界は嘘や妄言溢れる世界であり、想像をかき立てるのが特徴です。
神話色の強いゲームであるTESで、運よく神話が生き残った古ノルドの言い回しとして、ネット上で新しい神話(=Myth=作り話)が産まれているのってとっても面白い状況だと思います。そんな話です。
「膝に矢」にまつわる記事
“Arrow to the knee” as old Norse Slang: A tribute to Snopes-style Myth-busting The Social Flotilla
”古い北欧の言い回しとしての「膝に矢」:スノウプス流デマ検証への賛辞”
※Snopesはsnopes.comというデマ検証の定番サイト。膝に矢についての投稿もある。
Myth-bustingは爆発させたがりな二人のおっさんが都市伝説を科学的に検証する人気番組「MythBusters」(邦題:怪しい伝説)から。
おそらくデマ元になった2つ(片方は消されています)を取り上げ、調べたが証拠になるようなものは出なかったという記事。ないことを証明するのは非常に労力がかかり難しいのです。
How They Came Up With Skyrim’s ‘Arrow In The Knee’ Line Kotaku
”どうやって「膝に矢」の言い回しが産まれたのか?”
こちらは「膝に矢」誕生のインタビュー記事です。人気が出ることを意図して作られた文ではないこと、単にキャラクター付けのために作られた文だそうです。
北欧神話を探る
北欧に伝わる古い言い回し、というのは何を当たればいいんでしょうか。
前述の記事にあるOld Norseは古ノルド語(古北欧語)のことで、これを話したのはゲルマン民族のノース人、今のアイスランド、ノルウェー、スウェーデン、デンマークあたりの人々です。いわゆるヴァイキングも含まれます。
古ノルド語で書かれた最も有名な書物は北欧神話にまつわる話を集めた「エッダ」です。13世紀初頭にスノッリがまとめた「エッダ(新エッダ・散文のエッダ)」は今でいうマニュアル本で、体系的にわかりやすくまとまっています。
スノッリがまとめる際に参考にした古エッダというのもあります。(古エッダがスノッリよりあとに作られた説もある)
神話は口承であって、書物に残すという発想がなかったので消滅してしまった神話がいくつもあります。南部のゲルマン民族は早々にキリスト教に教化されたのでほとんど残っていません。しかし、元々書く習慣がなかったゲルマンの人々に「書き残す」ことをもたらしたのもキリスト教です。
また、アイスランドは地理的に隔離されていたので、あまり他文化の影響受けず、北欧神話や現実の出来事を記した「サガ」のような古ノルド語の書物が多く残りました。
ゲルマンの神話の中でも、比較的良い状態で残ってるのが北欧神話で、さらに比較的体系的にまとまってるのが「エッダ」なのです。
エッダ以外の何かの言い伝えに紛れ込んで生き残ってるものもあれば、なくなってしまったものもあります。
「古エッダ」にハヴァマールという格言集のようなものがありますが、こちらには「膝に矢」に近い言い回しは出てきません。他のエッダに出てくる話でも聞いたことはありません。※詳しいわけでも全部知ってるわけでもないですが…
神話にせよ、格言にせよ実際のノール人の文献ってスカイリムのノルドも青ざめる脳筋ぷりなので、あまりロマンチックなものはないです。
新しい神話の創造
神話を口承していた時代は、伝説も事実も区別がありませんでした。変な尾びれがついて大きくなっちゃった話、嘘か真か分からない話、いっぱいあったと思います。
神話の時代とは真逆のような、大量に情報が消費されるインターネットの時代に、「膝に矢=結婚」という意味の新たな神話(Myth)が流布しているのは非常に興味深いことだと思います。
生活を脅かす悪質なデマでもないですし、明確に白黒つかない世界というのは豊かで面白いものです。もしかしたら、消失したノール人の言い伝えに「膝に矢」に似たようなこと言ってたかもしれない。そういうことに思いを馳せてみるのも楽しみのひとつではないでしょうか。
TESにせよ、現実にせよ、分かっていることのほうがずっと少ないのですから。
>名無しさん
そういう観点で見ると面白い話なんですよね。古代部族社会の時代から人はあんまり変わってないのかもしれません。
高度情報化社会はネットワークとコミュニティの細分化によってむしろ古代部族社会に近い特徴を備えるって話がありますけど、なるほどこういうことか、って感じがします笑
>星のkbtitさん
私もドラゴンと戦っている大量の従兄弟が気になります。ある程度職が固定化されていて、衛兵は親戚同士なのかもとかたまに思ったりもします。
興味深い記事ですね。
結婚説は好きで都市はリスポン衛兵に対して既婚のNPCが少ないので(ゲームシステムの問題ですが)衛兵同士で結婚してそうとか妄想してましたねえ
衛兵といえば個人的には膝に矢よりも主人公にだけやたら話しかけたり、情報網が凄かったり、大量の従兄弟達がどこでドラゴンと戦っているのかが気になりますが…