1989年、アメリカ西部のワイオミング州、ロッキー山脈下にある自然公園が舞台だ。とある理由で森林火災監視員になった中年「ヘンリー」という男の話である。
タイトルの「Firewatch」とは森林火災監視員のことだ。日本だとあまり馴染みがない職業かもしれないが、山火事が派生したときにいち早く報告する仕事である。ヘンリーは日常の喧騒から隔絶された大自然の中で穏やかに過ごそうとするのだが…
クリアまで4~5時間くらい。このゲーム性と話の内容ならばちょうどよかった。ざっくりしたマップとコンパスで移動するので道に迷うともう少し時間かかるかもしれない。
HUDでの地図や目標地点の表示がないのは没入感が高くてよかった。この手のウォーキングシミュレーターでは珍しく走れるのもいい。ただし、アクティベーションの距離が長い割に範囲が狭い点は気になった。
ひとけない山奥なので、会話は上司であるデリラとの無線がほとんどだ。そして、この会話劇がこのゲームのメインコンテンツだ。どう返すかはプレイヤーに委ねられている。小気味よい枯れた大人同士の会話劇が素晴らしい。良質な小説のような体験ができる。声だけの演技も、こなれた翻訳もまたいい。
最初はノベライズ形式で主人公の境遇を選択していくが、ここのパートがあるから主人公に感情移入できる。シンプルで美しい自然の表現の良さ、人生に疲れた登場人物と山奥の寂寥感がさらに没入させる。
現実からの逃避、思いどおりにはいかない人生とどう折り合いつけていくのだろうか。そんな人間ドラマが描かれる。
ひと夏にぴったりの話で、9日までセール中なのでぜひ。
感想と考察
選択によって大筋の展開は変わらない。しかし、細かい話が変わって印象も変わってくる。最初のヘンリーの境遇は大まかに2つパターンがある。自分で介護すると妻の両親が実家に連れて帰ってしまう。介護施設に入れると義姉のスーザンが引っ越してきて、自身は次第に足が遠のく。
ヘンリーは若年性認知症の妻から逃げるようにワイオミングの山奥に来る。妻を愛するゆえに[介護施設に置き去りにしたこと/介護がうまくいかなくて実家に引き取られたこと]への後ろめたさを感じている。
後ろめたいことの「知られたくなさ」と「知ってほしさ」は同居しうる。ヘンリーは[後ろ指さされるのが怖くて次第に旧友とは会わなくなることも/つらくてバーテンダーに打ち明けることも]ある。そして、ゲーム内ではデリラに妻のことを打ち明けることも、打ち明けないこともできる。
ネッドにとって息子ブライアンの死は正直に報告することより、知られたくないほうをとった。ブライアンにとってクライミングは嫌々だった形跡があり、無理に強要してしまったために事故死してしまった責任を感じていたのだろう。
思うに任せない人生を生きてきた向き合えない大人たちの話なのだ。自分も原因の一端であることも承知している。嘘ついたりごまかしたり、逃げたり。顔も見たことない人たちが無線を通して、ジョークを飛ばして他愛もない話をしたり、愛がそこにはあったんだって残滓を感じたり、そういうことに励まされるような気持ちになる。それがこのゲームの良さだと思う。
ミステリーのような部分はメインではない。そこもネッドの不器用さを垣間見るとなんだか愛おしさすら感じる。ネッドの隠れ家にあった「グッドウィンの無線更新記録」と、ヘンリーの出来事を並べると以下の時系列になる。
時系列
1989年
5/1 1日目 ヘンリー:夕方に起きる。デリラが花火を見つけて、少女二人へ警告しにいく。洞窟をでたあとに人影と遭遇。監視塔が荒らされる。ネッド:ヘンリーと鉢合わせになるのは想定してなかった。
5/2 2日目 通信ケーブルの切断を調査にベアトゥースポイントに向かう。
5/3 3日目 ヘンリー:窓の修復。ネッド:ピックアップの改造で二人の通信傍受可能になった。
5/9 9日目 ヘンリー:洞窟近くの岩場で夕日を楽しむ。デリラ:行方不明になった少女の報告。ネッド:洞窟の前を通るもあまり関心ない様子を伺っている。
5/15 15日目 夜中の無線でデリラとジュリアを間違う。
6/2 33日目 物資の補給。
7/4 64日目 山火事。パンケーキファイア。
7/15 76日目 ヘンリー:釣りに行く。湖でクリップボードと無線機を発見。後ろから殴られて気絶。謎のフェンスに行くが入れなかったので斧を取りに行く。ネッド:ヘンリーと鉢合わせになり混乱する。
7/16 77日目 ヘンリー:無線機の交換。斧を持ってワピチステーションに侵入。脱出するときにワピチステーション内で火災が発生。 ネッド:「2人に声を聞かれた」=前日の斧習得後の無線上の咳き込み。何らかの計画があると信じ込んだので報告書の作成と配置。
7/17 78日目 ヘンリー:洞窟の探索。ブライアンの秘密基地と遺体を発見。ネッド:「・2Fが備蓄物資を発見。->どうやって!?・鍵がなくなった。・2FにBのことを知られるわけにはいかない。」備蓄物資はバックパックのこと。鍵は洞窟の鍵。ヘンリーが鍵を見つけたのは7/16日時点の話なので翌日気づいた。ネッドにとって探知機のことは知らなかった様子。
7/18 79日目 ヘンリー:発信機をたどるとネッドのテープを発見。ネッドの隠れ家も見つける。デリラの監視塔まで向かって、デリラと最後の交信。ヘリで脱出。
こうして出来事を並べると78日時点でブライアンの遺体を知られるのはまずいと思ってる。一転して79日目ではわざわざヘンリー名指しでテープを残し、隠れ家の場所を教えた。なし崩し的ではあるが、ヘンリーとデリラには正直に知ってもらったほうがいいと踏んだのだろう。
デリラについて
他の人の考察読むとデリラが真犯人説もあるけど、私はそうは思わなかった。ネッドのテープはどうするのだろうか。ネッドの記録やデリラの「ネッドとはどうにも気が合わなかった」発言からも協力してるとも思えない。
ただ、デリラが嘘ついてたり意図的に言ってないことはあると思う。ネッドの記録だと「ハイカーリストの件を電話せず」と書かれてる。デリラの発言から、デリラは規則にこだわらない性格で、本当は連れてきてはいけないブライアンのことも黙ってた。
ネッドによるハイカーの装備や備品盗用を報告を受けてもデリラが黙って対策を怠ってたような気がする。初日のヘンリーとネッドの鉢合わせたときに、何かしてきたかどうかを尋ねたあとに、ここ屋外だからねとジョークでそらす。実害がなければ放置するタチなんだと思う。そういう盗難事件がネッドによるかはなんとなく察してる気がした。
直接見えないものだからこそ
エンドロールでの現像したフィルムから、グッドウィン親子が揃って映ってる写真にはぐっとくる。元々はブライアンのインスタントカメラだものね… 不器用でも、そこに愛はあったんだと…
アートワークや演出の素晴らしさもあるけど、話はほぼボイスによるもので、こういうストーリーテリングもありなんだとゲーム体験の可能性の広さを感じた。そしてその体験のじわじわと染みるよさがFirewatchにはあった。見えないからこそ、築ける関係、想像で補う豊かさがあるのだ。ままならない人たちへそっと寄り添うようなゲームだった。遊んでよかった。