GRISは全編どこ切り取っても美しいゲームで素晴らしかった。音楽もアニメーションも効果音もゲームデザインもすべてがうまく融合された「遊べる総合芸術」だ。トレーラーを見て気になったら買おう。
クリアまで大体3時間ぐらいのボリューム。2Dのアクションパズルプラットフォーマーであり、難易度は易しすぎず難しすぎない。コンティニューや死亡がないのでじっくり遊べる。
繊細な世界観を支える緻密なゲームデザインで没入感を削がない。アート重視のゲームでは珍しく操作性がいいし、変なグリッチもなく丁寧に作ってある。
グリスの内面世界を旅する話である。本編中は一切言葉は出ない。抽象的だが難しくない普遍的な話だ。エモーショナルなポストクラシカルの音楽が盛り上げ、美しいアートワークとアニメーションが心に響く。
幅広く解釈できる作りになってるから、素直に受け取ったらいいと思う。以下は私の感じたことを書く。
考察
オープニングで少女グリスは声が出なくなり、石像の手が崩壊してひたすら落下していく。白いなにもない世界から始まって、旅をしていく中で色、宮殿、石像を取り戻していく。「喪失」から「再生」の物語だ。
ゲームはその構成要素すべてがデザインされたものでどれも意図がある。ゲーム中に言葉はないが、いったい何を語りかけるのだろうか?
色
GRISのステージ構成は赤→緑→青→黄と進む。この四色は心理四原色と呼ばれるものだ。
心理四原色とはその色としてしか認識できない色のこと。たとえば、オレンジ色は黄+赤だが、赤は赤でしかない。そして反対色は同時に知覚できない。黄緑や青緑はあっても赤緑や黄青はない。以下は心理四原色を元に作ったNCS(ナチュラルカラーシステム)の色相環である。
そして、GRISのステージ構成もこれに対応している。赤は右に、緑は左に、青は下に、黄は上に向かうことになる。
色から受ける印象はそれぞれの反対色(赤と緑、青と黄)で相反している。
赤は怒り、地獄、熱、エネルギー
緑は癒やし、生命、自然、未熟
青は悲しみ、憂鬱、不安、信頼
黄は明るい、希望、躍動、危険
そして主人公Grisはスペイン語で灰色のこと。灰色からイメージされるのは穏やかさ、調和、無気力。
4つのステージを経ることで「色を取り戻していく」というのは感情を取り戻すことでもある。憂鬱や怒りなどのネガティブな感情含めてである。
鳥やウナギとなって襲いかかる黒い物体。黒は恐怖・絶望・孤独・虚無・死をイメージさせる。ゲーム上で死ぬことはないが、これに呑まれると終わりなのだろう。最終的に自分の顔になることから、これ自体も自分の一部なのだと思う。
形
モチーフとしてよく用いられるのは四角と丸である。
四角は力、安定、勇気の象徴。
泳いだり、四角くなったりする「力」を獲得するのも四角い建造物から。
宮殿の中心に生える木。話を進めると育つので心の安定に作用していると思われる。
丸は永遠、宇宙、神秘や女性を表す。
タイトルのシーンでは中央の円が太陽。小さい点は内側から水星、金星、地球に月。まさに太陽系だ。
丸い点を集めて星座にするゲームでもある。ギリシャ神話では死んだ英雄は星座になる。たとえば射手座はケンタウルスのケイローンである。古代エジプトでも魂は星となり、宇宙は冥界とされる。星は丸と同じく永遠の象徴でもある。宇宙と死生観との結びつきは強い。
またマップに散らばる円形のものは実績では形見(Mementos)とされている。
星として浮かべる小さい点は動いていて、どこか生命そのものにも見える。
点の後ろに続く線が、原生生物や動植物の精子についてる鞭毛(泳ぐための毛状の器官)のようだ。プリミティブな生命感を表しているように思えた。
死生観と宗教とは結びつきが強いがこのゲームは宗教的な要素は薄い。モチーフをシンプルで抽象的な形に削ぐことで廃している。
ゲームデザイン
ゲームデザインも優れている。没入感を削がないための配慮が行き届いてる。
操作性がよくジャンプの着地でもたつきがない。それでいてアニメーションの美しさは保たれ、不自然さもない。これ以上早いと機械的に見えるギリギリのラインで作ってある。
起動して意味のない何かのキー押しもないし、プレイ中はロードがない。カットは流れるように入り、カメラワークも心象に寄せるかのようにズームイン、ギミック見せるためのズームアウトも適切。
感覚でプレイできるようにギミックにも視覚誘導が効果的に使われている。ゲームメカニクスが薄いからこそ、こういった細かいこだわりが生きる。
死の受容
女性の石像に関する実績が5つある。実績の名前から言ってこれらは「死の受容のプロセス」だ。『死ぬ瞬間』という本で著者エリザベス・キューブラ―・ロスは死にかかってる人にインタビューして、自分の死を受け入れるまでのプロセスを5段階に分けた。これは自身の死に対する受容であるが、悲しみや喪失にも当てはまるとされている。
第一段階:否認 – 死ぬはずがない
第二段階:怒り – なぜ自分が死ななければならない
第三段階:取引 – 何でもするから命を助けてほしい
第四段階:抑鬱 – どうにもならない無力感に襲われる
第五段階:受容 – 死を受け入れる
最後の受容の石像は遺体に見える。グリスにとっての喪失はこの女性の死である。
隠し要素
グリスにとってこの女性はなんだったのだろうか?ステージに散らばる「形見」をすべて集め、隠し部屋で歌うととあるカットシーンが流れる。
形見を集めるのは大変なのでネタバレ気にしない方は以下にその動画を掲載しています。
これを見ると「子供時代」という実績が解除される。どうも母親らしい。母から星のようなものを受け取る。
特別な体験になるとき
グリスが喪失から立ち直る話であるが、その過程で死を受け入れることでもある。
親であれ、パートナーであれ、友人であれ、ペットであれ、自身であれ、生きたら死ぬ。離別はごくありふれたことだ。しかし、対処するのは難しい。たいていは時が経てば日常に戻る。
普遍的な事柄だからプレイヤーの現実の出来事と重なりやすい。そして、体験が重なりやすいよう具象や宗教要素を廃している。ゲーム中で死んだり暴力表現もない。プレイヤーにそれ以上の喪失を与えたくないためだろう。ただひたすら美しく丁寧に抽象的に仕上げてある。むき出しの生命と感情を描く。だからこそ響くし、特別な体験になる。
エンディングでは石像が歌いだして黒い闇をはねのける。グリスも共に歌い出し、色も世界も取り戻す。内面世界での石像の完成は、その人が心の中で生き続けるということだ。逆に言えば、現実での死を受け入れることでもある。
BGMではそのまま二人で歌いあげる。エンドロールで流れる曲はIn Your Hands。「あなたに任せる」という意味である。
形はどうであれバトンをつないできて今がある。単純に生命のリレーだけでなく、内面世界で築いたものが、悲しみも受け入れて新しいものへと繋いでいくこともあると思う。そういう希望のある話だと受け止めた。
YoutubeでGRISの動画のコメントを見ていた。ガンと戦う人やガールフレンドが事故死した人のコメントがあった。その人たちにとってこのゲームはゲーム以上の特別なものとなってる。最近親しい人を亡くした私にとっても特別な体験になった。