Preyは2017年発売の一人称視点のSFサバイバルホラーゲームである。販売はベセスダソフトワークス、開発は傘下のアルケインスタジオ(Arkane Studios)が手掛けた。
地球外生命体ティフォンの襲撃により壊滅状態の宇宙ステーション「タロスI」でプレイヤーは奔走することになる。
ハードSFさながらの密度の高い設定、少ない資源で生き抜く緊張感、プレイヤーの発想次第でいくつもの打開策がある奥深いゲームメカニズムが特徴的だ。
たとえば、開かない扉があってもグルーガンを使えば足場作り、ダクトから侵入できることもある。
他にもハッキングスキルや力ずくでこじ開けたり、小さい物体に擬態して通り抜けることもある。
発売当初は難易度の高さゆえにマイナス評価を受けることもあったが、アップデートによって緩和されバランスが良くなった。また、難易度イージーより簡単な「ストーリー」というほぼ死なないモードが追加された。
エリア移動中のローディングが長いのと、ハッキングでテンポが悪くなるのが短所であるが魅力に比べれば些細なものだ。
ときには逃げることも必要な地味なプレイ体験だが、そのぶん自分で考えたやり方がうまくいった快感は素晴らしく、残された死体や資料から世界観をじっくり味わえる良作である。
ArkaneとLooking Glassの系譜
開発のアルケインスタジオは1999年フランスのリヨンで生まれ、中規模程度の閉鎖環境下での一人称アクションが得意分野だ。
アルケインスタジオの創業者ラファエル・コラントニオは『Ultima Underworld』『Thief』『System Shock』などを手掛けたルッキンググラススタジオ(Looking Glass Studios)の大ファンで、これらの作風を強く受け継いでいる。創業がそもそもウルティマの続編を作ろうと思ったから1で、断念して独自の作品として作ったのが『Arx Fatalis』である。
『Arx Fatalis』は太陽が失われた地下世界を舞台に自由に探索して自分で解決策を発見していくプレイスタイルと没入感のある一人称アクションである。今となっては古さを感じるが、すでにアルケインらしい特色が出ている。
その後手掛けた『Dark Messiah of Might & Magic』は柱を崩して下敷きにしたり、高い場所で蹴り落としたり、オブジェクトを利用する多彩なギミックがあり、一人称アクションとして完成度が高い名作だ。ただしストーリーはリソースが足りなかったのか打ち切り感があって残念である2。
ベセスダ(ゼニマックス)の傘下になってから『Thief』に影響を受けた『Dishonored』を発売。そして『System Shock』に影響受けたのが本作『Prey』である。
『System Shock』発売当時の1994年は、シューターといえば撃って撃って撃ちまくる『DOOM』が全盛の時代だ。そんななか『System Shock』はじっくり考えて謎を解いたり、世界に散りばめられた手がかりをもとに世界観を味わう、単に撃つだけではないタイプのシューターとして金字塔を打ち立てた。ルッキンググラススタジオはMITやハーバード大学があるマサチューセッツ州ボストン・ケンブリッジにあるため、優秀な人材が集まり高度な技術と知的な作風を特徴としていた。
『System Shock』は商業的には芳しくなかったがコアゲーマーを中心に絶賛され、のちに『バイオハザード』『メタルギアソリッド』『ハーフライフ』『デッドスペース』などに影響を与えた。また『Deus Ex』シリーズのプロデューサーのウォーレン・スペクター、『バイオショック』の脚本ケン・レヴィンなどの名クリエイターを輩出した。アルケインスタジオのクリエイティブディレクターを務めるハーヴェイ・スミスもルッキンググラス出身だ。
Preyにはルッキンググラスという映像システムが登場するが、それはこのスタジオのオマージュである。
ルッキンググラススタジオに影響を受けてアルケインスタジオが作られ、そして『Prey』は『System Shock』の系譜を受け継いだ作品となっている。
Preyのネタバレ感想と考察
舞台背景
Preyの時系列や背景については以下のShukaさんの年表が正確で詳しい。
冷戦下アメリカとソ連で宇宙開発を競っていた時代。1958年にソ連が地球外生命体ティフォンと遭遇。調査員全員が死亡する事態に。秘密裏にソ連とアメリカが協力して対処することとなった。
1964年、宇宙開発に熱心だったJ.F.ケネディが現実とは違って暗殺未遂に終わって、宇宙開発が加速。ソ連と共同開発したティフォン隔離施設クレトカを買収して主導権を握る。緊縮的なレーガン政権の方針と事故によって破棄されたクレトカを2025年にトランスターが買収してタロスIに生まれ変わる。
オープニング
オープニングは朝の目覚めから始める。
2032年3月15日を模した偽りの日のシミュレーションを繰り返している。モーガンはニューロモッドの抜き差ししすぎて人格に支障をきたし、シミュレーションに隔離され人格変性の経過観察させられていた。
実際にゲームが開始されるのは2035年の2月22日である。
ニューロモッドの性質上、ニューロモッドで拡張した部分を取り除くと、ニューロモッド拡張以前まで記憶が戻ってしまう副作用があるため、この2032年3月15日が主人公モーガン・ユウが何かしらのニューロモッドを使用した可能性がある。
ニューロモッド
平たく言えば、人の能力や技能をコピーしてインストールする機械だ。脳内のコネクトーム(神経回路の地図)をスキャンしてテンプレートとして作成しておき、別の脳に書き込む。ピアニストの凄腕テクでも、傭兵の戦闘能力でもコピー可能だ。
アレックス・ユウとモーガン・ユウが中心となって開発されたもので、最初のアレックスのメッセージの「また昔のように変革を起こしていこうじゃないか」の変革とはニューロモッドのことだと思われる。
ニューロモッドの製造方法は以下の通りだ。
- ボランティア(志願者)と呼ばれる死刑囚にミミックを放して殺させる。
- ミミックは3体に分裂するので、ティフォンルアーで釣って、リサイクルフィールドで地球外素材に変換する。
- 他の有機物、鉱物、合成素材を合わせてファブリケーターで製造する。
製造や実験には刑罰が厳しく政治犯が多数輩出されコストが低いソ連の囚人を使っている。ミケイラの父もインド政治介入の件で強制収容され犠牲になった。
また、人間のみならず神経細胞のある生物であれば能力コピー可能なため、ティフォンベースのニューロモッドも作ることが可能である。ティフォンベースのニューロモッドはサイコトロニクスでユウ兄弟と一部研究員で秘密裏に進められた。
ティフォンベースのニューロモッドを使えば、超能力じみた能力が獲得できるため人間がより高次の存在になるべくモーガンも人体実験に参加する。最初は賛同していたアレックスだが、モーガンに人格変性が現れはじめ、のちのち後悔する。
モーガン・ユウ
ニューロトミー(ニューロモッド取り外し手術)によって、度重なる記憶喪失を繰り返すモーガンは対策として記録を残して指示を出す改造オペレーターを製造する。初代がオクトーバーで、ゲーム中に登場するのはタロスIからの脱出を優先するディセンバー、より過激なタロスIとともに自身も爆破するジャニュアリーである。
主人公であるモーガンはプレイ開始時点では記憶喪失していて、過去の自分に一貫性がないのがこのゲームの面白いところだ。そのため、ジャニュアリーとアレックスで言い分が違うが、プレイヤーは「どちらが正しいのか」手探り状態になる。
元々のモーガンはティフォンベースのニューロモッド研究に積極的で、音声ログを聴く限りでは、囚人を犠牲にすることになんとも思ってなさそうな非情な面が目立つ。アレックスにヌルウェーブの設計図を渡していたりと兄弟は協力的だったのが、ジャニュアリーを作った頃は完全に対立。
本当にただ単に人格が変わってしまったのか、ティフォン側の意図を察知して危機を感じたのか、知らずにティフォン側に取り込まれてティフォン研究の大部分を占めるタロスIを爆破することになったのか、真相は分からない。
ここにエンディングで二重メタ構造になっているため、本来のモーガンという存在がいったい何なのか興味がわいてくる。
コバルト計画
人間にティフォンの能力が移植可能ならば、逆もできるはず…
つまり、ティフォンに人間の能力を与えるのがコバルト計画である。ティフォンは共感に必要なミラーニューロンが欠落しているため、人とコミュニケーションが取れない問題があった。
モーガンの人格変性やニューロモッドを使いすぎるとタレットに攻撃されることから、人はティフォン化していく。ならば、ティフォンを人間化できることも可能である。これがエンドクレジット後のエンディングで明かされる。神経細胞を発達させるには経験が必要である。モーガンの細胞株を移植して擬似的にシミュレーションさせることで経験を積ませ、それでどれだけ人間化したかを判断する。
この計画にはミツコ・トカジ、ダイヨ・イグウィー、アレックス・ユウ、モーガン・ユウが関わっていた。そしてシミュレーションを発案したのは他ならぬモーガン本人である。
そして、モーガン自身がコバルト計画でティフォンに組み込むのは誰かという問題提起を行っている。まさか本人が組み込まれるとは思いもしなかっただろう…
ウォルター・ダールへの命令を聴くかぎり、父でありトランスター役員会会長代理のウィリアム・ユウはこのコバルト計画を知っていて奪取を指示している。
囚人37番
通称ニセコック。IDはV-010655-37、本名はルカ・ゴルブキン。中盤に登場する第二のデブ。料理長のウィル・ミッチェルを殺害してなりすまし、プレイヤーを騙して冷凍庫に閉じ込める。
囚人37番に関してメールでの記録がいくつか残っており、特異な存在だったことが分かる。元々精神疾患を抱えていたからか、実験でテレパスへのコントロールに抵抗を示した。
実験以降、37番の行動がおかしくなり、何でも食べたがってトカジの指を噛みちぎった。手当り次第捕食(Prey)するティフォン化が進んでいると見られる。
作中でモーガンの次いでティフォンに近い人間であるからか、モーガンが接触したがった形跡があった。実験結果が興味深いからか、自分に近い存在であるから興味を示したかは分からない。
エンディング
プレイヤーはティフォンであり、ゲームプレイでの体験はシミュレーションであった。最初も偽りのシミュレーションから始まる二重のメタ構造になっている。
端々で挿入されるぼんやりした映像、頭の中の囁き、コバルト計画などから、読み取ることは可能である。
このプレイヤーは、モーガンがティフォン化したものか疑問が湧くが、モーガン本人ならモーガンの細胞株を移植する必要はないので本人ではない可能性が高い。
本来のモーガン
しかし、シミュレーションではない、本来のモーガン・ユウはどう行動をとったかが気になる。
少なくともアレックスは死んでない。
ジャニュアリーの提案を受けてタロスI爆破ルートを選ぶと、アレックスはジャニュアリーに負けて、気絶したまま爆破されるので死ぬことになる。ジャニュアリーを先制して倒して爆破選んでも、アレックスはタロスIに残ると言い出すのでこれも違う。
ウォルター・ダールにわざわざコバルト計画の奪取を指示させる程度なので、ティフォン研究の大半がタロスIにあるのは間違いなさそうだ。
となると、タロスIは残す、ヌルウェーブで消滅させるルートのほうが自然である。
つまり、ジャニュアリーより兄のほうを信じた。これは兄弟愛なのか、それとも研究に執着したのかは不明である。両方の可能性もある。
また、ダイヨ・イグウィー、ミケイラ・イリューシン、サラ・エラザール、ダニエル・ショーらはオペレーターの姿なので肉体的には死んでるのかもしれないが、本人を模したオペレーターを作るときに元の肉体が必要となるはずなので生き延びたと思われる。モーガンが人格変性の末に完全にティフォン側についたのなら、全員死んでるはずだ。
イグウィーは研究の中核人物なので救出するメリットはあるが、ほかは生かす道理はない。特にミケイラは告発されるリスクもあったのに救出を選んだようだ。
モーガンの映像や音声から推測するに平気で人を利用するサイコパス気質ではあるのだが、ある程度人の心はあったと思われる。
共感と業
ティフォンは共感能力が欠如している極めて凶悪な生物で、真面目に戦ったところで勝ち筋はない。そして、それに対抗するのはヒトの共感能力なのだ。
ヒトは脆弱である。それゆえに血縁関係を越えて協力できる高次の共感能力を持って集団で行動し、高い好奇心と道具を持つことで生き抜き発展してきた。
ティフォンにヒトの共感能力を植え付けるという、サイコパス的逆転の発想をとった。それも共感能力が薄そうなティフォンに最も近づいたモーガンの移植というオチで、見方を変えれば血縁関係の兄弟愛とも人類愛ともとれるアンビバレントで複雑な状況がコメディ的でもあり特に面白いところだ。ヒトの業の深さを感じさせる。
ティフォンと人間、どちらが食い物にしてきた(Prey)のだろうか。どちらからずっと見られてきたのだろうか。すべてはユウ次第である。
脚注
- ArkaneのDNA
- 『TES4 Oblivion』と同時期の2006年の作品で、対照的なのも面白いところだ
>名無しさん
コメントありがとうございます。考察書くにあたって、フラッシュバック時のセリフを確認するためにもう一周しました。
今思い返しても、考察しがいのある骨太なゲームでした。
私のブログはメタ的なゲームのレビュー記事多いので、他のゲームもよければ遊んでみてください。
おすすめゲームの記事→https://tktk1.net/game/recommendsteam/
脱出エンディングを見てからこのページに辿り着き、考察を読みながらもう一周してしまいました。そして作中で引っかかった点がほぼ解説されていて驚きました。フラッシュバック中のセリフとか普通に聞き流していたので・・・。
メタ的な構造を持つ作品をほとんど知らなかったのでこのページの内容含め本当に衝撃的なゲームでした。
あとモーガン・ユウの声がマジでカッコイイ。