映画

『ロング・ウェイ・ノース』

LONGWAYNORTH _日本語字幕予告編A

ロング・ウェイ・ノース』を観てきた。ミニマルで美しい画風と王道ストーリーで、ヴェルヌのような19世紀冒険小説の素朴さと誇張ない上品な演技が光る素敵なアニメ映画だ。

あらすじ

1882年、帝政ロシアのサンクトペテルブルグ。14歳の貴族の娘サーシャは北極探検に向かって帰らぬ祖父の行方を気にしていた。祖父の部屋で航路メモを見つけ、一人探索を決意するが…

監督はフランス人のレミ・シャイエで『ブレンダンとケルズの秘密』ではメインスタッフとして関わっている。『ソング・オブ・ザ・シー』などカートゥーンサルーンの作品が好きな人にオススメ。

『宇宙よりも遠い場所(通称よりもい)』は女子高生が南極を目指す話で設定は近いが、「よりもい」みたいな青春アニメっぽさはない。

カートゥーンや日本のアニメのような誇張表現はほとんどなく、シンプルな絵柄だからこそリアルな演技が光る。セリフも少なく、目の細かい動きなどで表現される情感がよく伝わる。

主人公サーシャは森康二さんが描いたヒルダのような素朴さと上品さがある。そして冒険に必要な知力と胆力を備え、自発的に行動する姿は現代に通じる魅力もある。

ロングウェイノースのサーシャ

フラットで線が少ないからキャラが背景に埋もれないよう色彩や構図に気をつけなければならない。そんな制約のなかで暖色なのに雪の降るどんよりした空気を表現していたり、物の立体感や背景の遠近感も感じられ技術が高さに驚く。そのおかげで違和感なく作品に没入できる。

ロングウェイノースのダバイ号

上映している劇場が少ないが、美しい映画なのでぜひ劇場で見てほしい。

上映情報

また、冒頭18分の冒険に出るまでの部分は以下の公式動画で視聴できる。興味のある方はぜひ。

映画を試食しませんか?キャンペーン 話題の海外アニメ『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』が冒頭18分間、”試食”いただけます。

以降はネタバレ感想

 

 

感想

現代より貧弱な装備で北極点目指すのだから当然そうなんだが、思ったよりシビアだった。寒さと飢えでだんだん船員がおかしくなっていくさまや、山を越えてダバイ号のない絶望感は胸に迫るものがあった。

しかし、シンプルな絵柄に合わせて描写も取捨選択されており、中だるみや重くなりすぎることもなかった。悲しくもありながらもどこか爽やかさもある王道の冒険譚である。

難破した船の捜索時に乗り込むシーンやエンディングも、ここぞというところでセリフを使わないセンスのよさが好みだ。たとえば旅立ちを決意するシーンではセリフ無しで、カットと目の動きだけで表現している。こういう表現がシンプルだからこそ効いてくる。

 

主人公の主体性を尊重しつつ、助け合いの重要さも盛り込んであるところがいい意味で現代的なストーリーらしい。

周りが世話してくれる貴族ゆえにはじめは自分でやったことないだらけだったが、働くうちに次第に自分でできるようになっていく。船長との交渉も知力を駆使して一人でやってのける。はじめは船員として相手にされなかったが、自発的に紐の結び方を覚えて、危機を乗り越え認められる。

王子に懇願するときになぜ航路が違うのか説明できなかった。しかし、船員を説得するときはちゃんと説明できるようになっている。

ロングウェイノースのダバイ号ルート
Googleマップからざっくり作成。川が多く淡水が流れ込みやすいのでカラ海方面は流氷が多い

19世紀は産業革命と科学の進歩の恩恵を受けて人の行動範囲が広まった。そこから今日まで至る主体性や自律性の価値の重要さが芽生えたのだと思う。そしてロマン、実益、知的好奇心がさらなる秘境を求める。実際に北東航路の航海を達成したスウェーデン系フィンランド人のノルデンショルド。ビーグル号に乗り込んで調査に向かったダーウィン。ヴェルヌやスティーヴンソンの冒険小説を読んで遠い地に思いを馳せた人もいたであろう。

ロング・ウェイ・ノースはそういう冒険小説的な面白さを引き継いで、現代にうまく昇華している。憧れていた祖父から知力と行動力を引き継ぎ、祖父が一人でなし得なかった帰還も仲間とともに成し遂げる。死を乗り越えて成長していく普遍的な物語はやはりいいものだとしみじみ感じさせる。

サーシャのもつ知性と行動力に、今年のノーベル経済学賞で最年少受賞した女性であるエステル・デュフロを思い出した。貧困の現場で自分の足で調査し、問題の改善と理論に貢献している。こうした人々が今後も活躍していくのだろうと思うと爽やかな気持ちになれる。

ロングウェイノースのサーシャ

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