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『1917 命をかけた伝令』 塹壕と構図を楽しむ映画

『1917 命をかけた伝令』予告

映画『1917 命をかけた伝令』を観た。全編ワンカット風の撮影が話題の映画だ。

あらすじ

第一次世界大戦時の1917年4月6日、フランス北部の西部戦線。後退するドイツに追い打ちをかけようとするイギリス軍。しかし、誘い込もうとする戦略的な撤退であることを航空偵察で察知した将軍は前線のデヴォンジャー連隊に攻撃中止の命令を下す。その伝令を、地理に詳しいトム・ブレイクとたまたまブレイクと一緒にいたウィリアム・スコフィールドに託された。

説明を極力省き、そのまま戦場に放り込まれるさまは『ダンケルク』に近いテイスト。ヒロイックな演出や神的な目線はない。監督はサム・メンデス、撮影監督はロジャー・ディーキンス。

構図を決めるのは実際にカメラを操作する撮影監督が主に担う。ゆえに重要な役割だ。ロジャー・ディーキンスは私の好きな、尊敬する撮影監督の1人である。ショーシャンクの空に、ノーカントリー、トゥルー・グリット、ボーダーライン、ブレードランナー2049など数々の名映画、名シーンを撮ってきた。

陰影が美しく、シルエットで魅せるオーセンティックなスタイルが特徴的。決まった構図があり、様式美的とも言える。

1917の時代背景

第一次世界大戦は1914年のサラエボ事件を発端に戦闘は1918年11月まで続いた。

ベルギー南部やフランス北東部が戦場となった西部戦線ではフランス・イギリスの連合軍とドイツ軍が激突。スイス国境からイギリス海峡までの長大な塹壕が築かれ、互いに突破口が見いだせずに膠着状態になっていた。いわゆる塹壕戦だ。人的資源に乏しくなっていたドイツはアルブレッヒ作戦を発動し、ヒンデンブルク線という要塞群まで戦略的撤退して防御網を整え直した。

1917の西部戦線西部戦線と中央の赤い線がヒンデンブルク線。地図はパブリックドメイン

『1917』はこのアルブレッヒ作戦でのドイツの撤退後を舞台としている。

1917とアルブレッヒ作戦
アルブレッヒ作戦での撤退後のドイツ軍の防衛ラインは点線で撤退前は太線。元画像:パブリックドメイン

スタート地点は明示されないのでよく分からないが、おそらく画像の太線部分より左下方面側から始まる。エクーストの街を抜けて、クロワジルの森にいるデヴォンジャー連隊の大佐に伝達するのが任務となる。

サム・メンデスの祖父アルフレッド・メンデスが第一次世界大戦の西部戦線の伝令で、聞いた話から着想を得ている。だが、主役の二人は架空でだいぶ脚色されている。1

塹壕について

戦車も航空機も発展途上段階で、当時は塹壕に対する有効打がほぼなかった。比較的有効だった手榴弾は破片が飛び散らないように投げこむ穴があったりする。また砲撃から身を隠す穴などの工夫もある。塹壕の描写が細かい点はこの映画の見どころである。

第一次世界大戦後のフランスは塹壕の堀り合いの無駄さに嫌気して国境にマジノ線という対ドイツ要塞群を築くが、ドイツは対塹壕に唯一有効だった守りの手薄な部分から突破する浸透作戦を戦車と自動車を用いて裏をかく電撃戦に発展させた。その結果、守りが手薄なアルデンヌの森から突破して英仏連合軍を出し抜き追い詰めた。そしてそれがダンケルクの戦いの繋がる。

映画『ダンケルク』は見た目は似てるが性格が似ていない姉妹作みたいな作品だと思う。ブログ記事にそのときの戦いの時代背景や感想を書いているので興味あればどうぞ。

以下より本編のネタバレあります
映画1917©Universal Pictures

ネタバレあり感想

カメラがほぼ途切れず、肩越しの視点も多くて3人称視点のシューターゲームみたいであった。サム・メンデス監督自身も意図してやってるようだ。2

巻き込まれる出来事もゲームのイベント的である。トリップワイヤーにネズミが引っかかり爆破したり、墜落した飛行機のパイロットと争ったり、橋を渡るとき狙撃されたり、二人のドイツ兵を見つけて気づかれないよう近づいて窒息させるシーンはまさにゲームのスニーキングキルそのもの。途中で手に入れた信号拳銃やミルクもまるでゲームのアイテムのようだ。

私はこのゲーム風のイベントは失敗だと思った。作為性が強く感じられて単調なのだ。ゲームでも明らかに仕込みっぽいイベントは興ざめである。あくまで自然に納得できたり、逆に予測できない形で出来事は起こってほしい。少なくとも廃屋に牛や絞ったミルクがあるのは不自然だし、あのシーンは要らなかった。子どもにミルクを与えられなくて苦悩したほうがのちに家族の写真を見る際の説得力が増す。

初代『Call of Duty』(2003)はスクリプト3を使って、ゲームに映画的な演出を施し、その戦場の臨場感には度肝を抜かれた。今ではそういう映画的な演出は当たり前になり、ゲームの演出も洗練してきた。ゲーム風であればよいというわけではない。

では『1917』の面白さとはなんなのだろうか?ゲームらしさは重要な要素ではない。ワンカット風の長回しであくまで映画的なシーンや構図の美しさをこだわって作っているところだ。

『1917』は全編通して構図やシーンが美しい。これはちょっと異常なレベルだと思う。合成で繋ぐワンカット風とはいえ1シーンが長回しで、つなぎ目が不自然にならないよう緻密に計算しなくてはならない。非常に計算されつくした美しい画だが、逆に言えば作為性を感じなくもない。ゲームっぽい作為性の強いイベントも相まって、全体的に予定調和の印象も受ける。私はディーキンスの撮影目当てで観ていたのでこれはこれで満足ではある。

無人地帯の匂いまで漂ってきそうな焦土と死体の山。フランスの美しい丘陵地帯。廃墟と化す街。長引く戦争で倦怠感あふれる一般兵たち。ぬかるんで不衛生な連合軍の塹壕や作り途中の塹壕、コンクリートでしっかり作られているドイツ軍の塹壕など、細かい描写を観てみるのも面白い。

そして、特に以下の燃えたエクーストのシーンが印象的だった。街に入って燃えた教会が目に入っていき、人物はシルエットのみ。右側からぬらっと人のシルエットが現れ追ってくる。これぞディーキンス節。

1917 Exclusive Movie Clip - Blazing City (2020) | Movieclips Coming Soon

木の下の昼寝から始まり、木の下で家族の写真を見て終わるのがよかった。このあと、1年半に渡って泥沼の戦闘は続いた。マッケンジー大佐(ベネディクト・カンパーバッチ)が、攻撃中止を飲んだが諦めたような表情を見せ「攻撃中止は一時しのぎすぎなく、1週間経てばまた攻撃になる」みたいなセリフを言う。史実では4月9日から近郊のアレスで戦いがあり、連合軍は15万人の死傷者が出た。1918年のドイツ軍による春季攻勢もある。ウィルや疲弊する兵士たちは最後まで無事生き延びられただろうか。

ゲームらしい予定調和さはイマイチ没入感を削いでしまってるが、構図の美しさや塹壕などのディテールを楽しむには素晴らしい映画であった。

脚注

  1. 1917と史実に関しては以下の記事が詳しい:The True History Behind the ‘1917’ Movie
  2. 参照:'1917' is half movie, half video game, all genius
  3. =台本。特定の地点まで達すると武器が供給されたり敵が出てくるなど特定のイベントが発生する