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『ケムリクサ』感想 – デジタル時代の神話再構築


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赤い霧に包まれた、荒廃した建造物に囲まれた人気の無い世界を舞台に3人の姉妹が生き抜く物語。

感想は完全にネタバレなので、未視聴の方はまずはamazonプライムで見てください。

0.5~0.9話はtwitter投稿の動画で、本編の前日譚にあたる。観なくても問題ないけど、観ておくとより楽しめる内容になっている。

0.5~0.9話
1-12話 本編
12.1話

以下ネタバレ

感想と考察

とにかくプリミティブだ。原始的、根源的、素朴、粗さの全部の意味で。素材レベルにまで解体して「一緒に組み立てませんか」って優しく提案されるような作品だ。

あの探索した世界はコピーであるし、ケムリクサが光の三原色(RGB)が重要な要素になってることから、デジタル空間のメタファーだと思う。

デジタル空間では大勢の中の一人であることを自覚せざる得ないし、自分の好きが誰かの嫌いにもなりうる。(他人に迷惑かけない範囲で)気にしないで自由に振る舞えばいいのだが、複雑な世の中ゆえにどこか引っかかる。

ケムリクサファンがツイッターで喜んでたりすると嬉しくなる。しかし、それは彗星のように一瞬で、少し経てば孤立した自分の世界はそのままあるように感じる。あらゆるものが過ぎ去って行く中では、とにかく自己肯定感は得にくい。

退廃的な世界での生存の旅は、原始時代に厳しい環境を生き抜いた人類の再現に思える。厳しいデジタル時代を生き抜く指針を提示するかのようだ。

この時代にストレートに伝えることは難しい。正義や理想、自分らしさが主題になってしまうととたんに嘘くさくなる。リアルの残酷な一面を突きつけるのもありだろう。でも、多くに求められているのは心の「栄養」な気がする。

そんな中でこの作品は「すきにいきてもらえるとうれしい」と直球で肯定する。好きなものに「好きだ」って言っていいのだ。思う存分キラキラしていいと。

りりから分割された姉妹は知る、触る、育てる、食べる、戦うというプリミティブな好きをそれぞれ持っている。

分割したことによって、それぞれ文字が読めない、色が識別できない、音の区別がつきにくいなどの欠点も持つ。でも、それを誰かが気にする様子はない。それは人間の必須条件ではないのだ。

この世界が崩壊してしまうのは「りり」がワカバにもっと楽させたいと思って、赤い木を生み出してしまったことであった。ただ、単に好きなように振る舞っては災いをもたらすことがある。赤霧が熱く、他のケムリクサのアンチパターンである赤のケムリクサは火のメタファーだと思う。文明に必要な存在であるが、危険も伴う。

国産み神話ではイザナミが火の神ヒノカグツチノカミを産んだことによる大やけどで亡くなった。そういう神話のなぞりでもある。

ワカバの機転で崩壊したのは船の中で済んだ。たとえ失敗しても、それでも好きに生きてほしい。そして12.1話で再生が始まる。

神話の時代から続く型通りのスタイルで展開される。しかし、そこに神も英雄も存在しない。救う世界も大きそうで大きくはない。

断片的に提示される素材を自分の中でストーリーとして組み立てる。これがナラティブであり、作り手との信頼関係によって達成される共同作業なのだ。あなたも同時に作り手なのである。視聴者みんな、ただ観る人も考察する人も作り手なのだ。

知ること、工夫すること、想像すること、そういう創造力への楽しさがいっぱい詰まっている。デジタル時代における自己受容のひとつの方法は、どんなやり方であれ作り手になることだと思う。だから私はこのナラティブな作品が好きだ。irodoriの少人数スタイルゆえの朴訥さ含めて見事に作風と合致している。

たつき監督はあなたの解釈を、世界を、木を育ててくれると嬉しいと、優しく随伴してくれる。解釈を委ねられるから、どうしても平坦でつまらない作品と見る人がいても仕方ない。しかし、こういう作家こそが「時代を共に歩む(=コンテンポラリーな)」クリエイターだと思う。

りんが好きなのは、姉妹も視聴者もはじめから分かってる。厳しい環境の中で姉妹の好きを守るため気丈に振る舞って自分の好きが分からなくなっている。これは忙殺される人にはよく分かるんじゃないか。りんが好きに気づくのを見守る旅でもあった。同じように、誰かの旅を見守ったり、好きなことを思い出せたらいいだろうな。そういう素朴な気持ちになれた。